綺羅星
十四松兄さんはいつも目まぐるしい。あちこち飛び回っては忙しなく、跳ね回っては騒がしい。その中で彼は他者を笑わせることに奮闘する。僕たち兄弟は、慣れてしまって笑うこともそうないけど、僕はときどきツッコミを入れるようにしている。ほったらかしのボケってなんだか無性に落ち着かないし、そうすることでたまに、本当にたまにだけど、道行く女の子が笑ってくれることがあるから。そこから始まる恋もあるかもしれないでしょ?
今日は特に予定もなくて、家でダラダラする予定だ。こういうとき、六つ子はなぜかタイミングよく全員家にいたりする。シックスセンスってやつなのかな。六つ子だけに? 我ながらちょっと寒い。あの十四松兄さんも、今日は野球には行かないみたいだ。
おそ松兄さんはダラダラ漫画を読んでいるけど、よく見ると靴下に穴が開いている。チョロ松兄さんは求人誌。貧乏ゆすりが視界に入ると鬱陶しい。カラ松兄さんは鏡を凝視、論外。一松兄さんはネコと遊んでいる――トト子ちゃんのおかげで魚のにおいには慣れたけど、一松兄さんのネコ臭さもなかなかだよね。
僕の悪い癖。末っ子独特のビョーキの症状。兄たちを徹底的に観察しては、自分と比べてしまう。座敷の飲み屋に行くこともあるから、僕は靴下にまで気を遣うし、体臭口臭のチェックも当然。貧乏ゆすりも爪を噛む癖も学生のうちに直した。ナルシスト? ……家でだけならいいかもしれないけど、ねえ。
旧世代的な価値観で育った僕には、末っ子根性が染み付いていたのだ。兄弟のヒエラルキーは上から順番。たとえ同い年の六つ子だろうと、順番は存在する。けれど、出し抜くことはきっと他の、歳の差のある兄弟たちよりは容易に違いない。僕はいつしかそう思うようになった。六番目だからって甘く見られないように。兄の失敗を全て糧としてやろうと。ドライモンスターだろうが関係ない、エスパーニャンコさえいなければ分からないことなのだから!
さてここで十四松兄さんは何をしているかと言うと、逆立ちしていた。逆立ちだ。壁も使わずに……これは倒立って言うのが正しいのかな。さすがの筋力だと思う。でもずっとその姿勢でいて、頭に血が昇らないのだろうか。十四松兄さんの顔色は変わらないどころか、彼の全身がビクともしない。ツッコミ待ちをしつつ筋トレにもなる、という高度なボケなのかもしれない。
僕はと言うと、女の子からの返信待ちをしてた。平日昼間、まともな子ならそうそうすぐに返事は返ってこないし、即返信をするのはそれはそれでリスクがあるけど、手持ち無沙汰だとついつい何度もスマホを見てしまうのだ。頬杖ついてスマホを見ながら、その向こうに見える逆さまの十四松兄さんの顔も見ていた。時計の針だけが明確な音を立てていた。
スマホの画面が暗くなったそのとき、どこを見ているともつかなかった兄さんの目が、すいっと動いて、目が合った。
兄さんの目に、世界はどう見えているのだろう。
「あーっ!! アレやりたい!!」
突然十四松兄さんは叫んだ。六つ子全員がビクッとした。その瞬間に、カラ松兄さんが鏡を落としかけて慌てたのをつい目撃してしまう一松兄さんとか、「はあ!?」とすぐに反応を示すチョロ松兄さんとか、すぐになんでもない表情に戻るおそ松兄さんを、僕は瞬時に、しかし漫然と見つけていた。けれどその世界の風景はすぐに尾を引く星のように崩れていった。僕は十四松兄さんに手を引かれていた。
「え、ちょ、兄さん!?」
僕が兄さんと呼ぶ人物は五人いるから、いつもは必ず名前とセットで呼ぶように心がけているのだけれど、あまりに突然すぎてそれが叶わなかった。その場の誰もが、誰のことを呼んでいるのか分かっていたのに、肝心の呼んだ相手は何も返さず走り続けた。
半ば引きずるようにして連れてこられたのは庭の物置だった。晴れた晩秋の昼下がり、日差しは暖かいけれど頬に当たる風は冷たい。しかも何も履かずに出てきてしまった、最悪だ。靴下に若干の湿りを感じつつ立ち尽くす僕を無視して、十四松兄さんは物置の中をがさごそと漁っている。
「ちょっと、十四松兄さん! 急にどうしたの!?」
「あのねー、アレ探してんの! アレ!」
「アレじゃわかんないよ! ていうかなんで僕まで!?」
「昔トド松とやったアレがやりたい! ほらー、あのぉ」
自分の足の間から顔をこちらに向けながら言う。記憶を辿っているのか、兄さんの目がくるくると回る。物置の中では、積み上げられていたはずの物品たちがだいぶ崩れていた。これ、母さんに怒られるんじゃないかな、そのときは僕もなのかな、いやだなあ……。
そうは思いつつも、軽く溜息をついたらまあいいかと思えたので、兄さんの願いを叶えてあげることにした。
「……なあに、いつやったやつ?」
僕と十四松兄さんがするもので、物置にあるもの、となれば恐らくボードゲームの類だ。
「えっとねー、結構前!」
「具体的に」
「小学生のころ! 年末にみんなでやった!」
また随分と前の話を。ていうか僕とやったやつじゃなかったの? え? みんなでやったの? なんかちょっとガッカリだ。
「んと、最初トド松と一緒にやってて、途中からみんな一緒にやったやつだよ!」
兄さんは再び物置に頭を突っ込んで、夢中で何かを探している。積み上げられたものを崩しては掻き分けて、お目当ての物が出てこないかと一生懸命だ。僕もその脇から物置に顔を突っ込んでみる。僕たち六人は手がかかる子どもだった。六人でひとつしか与えられないもの、六人に平等に与えられたもの、いろいろあった。それらの大体がここに、大事な思い出として閉じ込められて、埃を被っていた。
十四松兄さんが下を探すなら、僕は上だ。色褪せて外箱の文字が読み取れないものが多数で、物置だから当然だけど、薄暗い。懐中電灯を持ってきた方がいいかもしれない。
「ほら、僕とトド松で始めてさ、子ども作るときに、僕たちみたいに六つ子にできたらいいのにーってさ」
子ども!? 待て待て待て、なんの話だ……と一瞬慌てたけど、その言葉ですぐにピンときた。
「もしかして人生ゲーム!?」
「それー!!!」
兄さんの声が物置の中に反響すると同時に、お目当てのアレは兄さんの頭に落ちてきた。
頭にできたであろうたんこぶも構わずに、色褪せた箱を大事そうに抱えて、兄さんは満足そうに笑う。
「ありがと、トド松!」
「僕、なんにもしてないよ」
「ううん、トド松が来てくれたら絶対見つかると思ったから!」
体中についた埃を取ることもせずに。
「ねえ、なんで急に人生ゲームなの?」
「なんとなくー! なんかね、楽しかったなーって思い出したから! そんだけ!」
みんなでやろーよ、と兄さんははしゃいでいる。そわそわとちらつく両目はキラキラと輝いて見えて、その中に僕が映ってるのかが、やけに気になった。
兄さんの目に世界はどう見えてるの?
思わず声に出ていたのかもしれない。わからないけれど、兄さんはそのとき、こちらを振り向いた。埃まみれの出で立ちで、何も言わずにただ微笑んで。
兄さんの笑顔はなんだか眩しくて、僕が釣られるようにして笑うと、兄さんは、
「いま、今ね、世界がキラキラして見えるよ」
と、一層大きく笑ったのだった。
僕はなんとなく、そうしなければいけないような気がして、兄さんの代わりにたんこぶを撫でてあげた。
おそらく2015年/ファイル整理をしていたら発掘したため供養。タイトルのみ掲載のためにつけました。書いた記憶が全くなくて驚きました。2期までしか視聴していないため矛盾点あるかもしれませんが、せっかくなので。
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