おしゃべりミミちゃんかく語りき
どいつもこいつも気が狂ってる。アンテナ売りさんが死んだって教えてくれたのはママだった。あの人ひどいの。屋根から落っこちて死んじゃった。ウソでしょって言ったけどホントだった。ミミがいつものようにあの丘で待ってても来なかった。おうちに帰ったらママが教えてくれた。ミミの知らないところで知らないうちに死んじゃった。
あの人はひどい人だわ。別にミミはあの人のことを好きでなんてなかったけれど、嫌いでもなかったわ。あの人はおかしなことを言う人だから好きだったの。へんてこな、でもワクワクするお話だってたくさんしてくれたの。いっぱい笑ってあげたわ。見つめてあげたわ。あの人は笑っていなかったけれど、でも、来てくれたのよ。いつだって来てくれたのよ。なのに死んじゃった。ひどい。ひどい人よ。あんたなんか大っキライよ。
黒いワンピースを着せられた。お葬式に連れていかれるときはいつもこれよ。そろそろサイズがきついから新しいのが欲しいのだけど、あの人のために新しいのを買うのは癪だから、ママには何も言わなかった。会場はご近所。手を引くママの態度がよそよそしくって腹が立つ。パパは仕事で欠席。おじいちゃんは腰が痛いからおうちでお留守番。お金のことだけはキッチリ相談していたわ。バカばっかよ。
よく喪主がいたわね、ていうか、彼がちゃんとこの街の住民ってことになっていたことにまず驚きだわ。喪主は、あの人の弟だ、と名乗る男だった。なにそれ。全然顔似てないんだけど。弟を見た大人の誰かが、ミミちゃんに似てるかもと言った。ちょっと、やめてよ。気色悪いわよアンテナ売りの弟に顔が似てるだなんて。でもまあ確かに、同じ系統の顔だとは思った。納得した自分に少し絶望した。安い絶望よね。
喪主である弟は、ヘラヘラとずっと愛想笑いを振りまいていて、これまたイラついた。あの人と同じアンテナ売りだということ以外は特に語らず、兄の受けていたご注文は自分が引き継ぐのでご安心を、とか、商売の話ばかりしていた。その横に兄の棺があるというのに。それを思うとお腹の底の方からゾッとするような気がした。それが、アンテナ売りさんが棺の中で眠ってるって思ったからかは、よく分からなかった。弟は、ミミが見てる限りでは、一度も棺を見なかったみたいだった。
イライラとか絶望とか冷たい気持ちとか、そんなものでグルグルしたままお葬式は始まった。それからのことはよく覚えてないの。思い出そうとしても、景色が灰色になって、一枚の写真みたいになっちゃう。涙は出なかったわ。だって、泣いたらバカみたいじゃない。叫んだりもしなかった。ミミは静かで、おりこうだった。
でも、棺を見つめながら、出てくればいいと思ったことは覚えてる。アンテナ売りさんがしてくれたお話の中に、少女ゾンビのお話があった。突然世界中の少女がおかしくなって、死んで、そしてゾンビとして生き返るの。いろんな少女ゾンビのエピソードがあって、どれも素敵だったわ。一度した話でも、何度もしてもらった。彼、そっちの方が才能あったんじゃないかしらってくらいよ。そんなことを思い出しながら、出てきなさいよって思ったの。棺桶を開けて出てくればいい。そうしてあのお話のように、ろうろうと歌うの。今度はアンテナ売りさんが起き上がるべきなのよ。変な考えだって自分でも思ったけど、でもそう思わずにはいられなかったわ。だっておかしいじゃない。……棺をずっと見つめていたけれど、歌はもちろん始まらなかった。
火葬には行かなかった。ピアノのお稽古の時間だったし、骨とか怖いもの。ママもあまり行かせたくないようだった。いつもはほったらかしのくせに、いちいちこっちの顔色を伺ってきて、この日はほんとに鬱陶しいったらありゃしなかった。
お墓へは、今日行ってみたわ。山の上にある大きな墓地よ。お花屋さんで花を買ってから行くようにってママに言われたけど、アンテナ売りさんがどんな花が好きだったかなんて知らなかったし、ていうかそもそもあの人花を愛でる趣味なんてなかったんじゃないかしら、とにかく適当に包んでもらったわ。お墓に供える用にって言ったら良い感じのをくれたわよ。墓地はかなり街から外れたところにあって、バスも本数が少なくて不便だからって、ママがタクシー代を奮発してくれた。これじゃお墓参りにもなかなか来てもらえないんじゃないかしら? って思ったけど、そもそも定期的にお墓に来てくれる人なんて、あの人にはきっといない。あのお面みたいな笑顔を浮かべた弟だって、事が済んだらとっとと街から去ってしまったし、お葬式に来ていたのもほとんどがアンテナを買った客だったわ。友達なんていないのよ。残念なくらい寂しい人ね。
お墓も寂しいものだったわ。ミミだったらもうちょっと飾り気のあるやつにしてもらうわね、ってくらい。それで、すごく小さかった。ミミのひいおじいちゃんが入ったお墓は、もっと大きくて、ちょっと階段があったりするようなやつなのに。これがアンテナ売りさん一人のためのお墓だからかしら。ひいおじいちゃんの入ったお墓はミミのおうちの人みんな用のやつだもの。あ、じゃあミミは自分で自分のお墓のデザインを選べないのかしら……。ついついどうでもいいことをつらつら考えてしまうのはミミの悪い癖よ。でも、頭の中ではバカなミミがぺらぺら喋っていたけど、胸にぽっかり空いた穴の中では、誰かがぽつりと、「ちいさくなってしまったなあ」って呟いたのよ。ミミは確かに、それを聞いたんだわ。
せっかく大人になって大きくなっても、最後にはあんなに小さくなってしまうものなのね、人間って。
お花は適当に穴に挿しておいた。ミミのお花以外は何もなかった。あの丘にいたときみたいな風が吹いていた。
ミミとアンテナ売りさんはあの丘でいつもお話していたわ。もともとあそこはミミの場所だったのよ。そこにアンテナ売りさんが、ある日突然現れたの。アンテナなんて初めて見たから、ミミはすぐに話しかけたわ。アンテナ売りさんはミミの知らないことをたくさん知っていて、まるで神様みたいだって、最初の頃は思っていたわ。最初の頃だけね。だってあの人、話せば話すほどミステリアスなところがなくなっていくのだもの。それでも、話してくれるお話はいつだって不思議で、キラキラしていたわ。
お嬢さん、恋をしてはいけないよ、と言われたことがあった。ちょっとやめてよ、ミミにはいつか運命の王子様が現れるのよ、あなたみたいな色が褪せた作業服で女の子に会うようなアンテナ売りに恋をするわけがないでしょう。ミミは言ってやったわ。そしたら彼、笑ったの。声を上げてね。後にも先にも彼のあんな大爆笑を見たことはなかったわ。ミミは顔が熱くなって、慌てて背中を小突いてやった。やっと笑いの治まった彼が、そうじゃない、そうじゃなくて……と言葉を続けようとしたけれど、もう彼から何も聞きたくなくて、顔の熱いのを冷ますのに一生懸命になってしまって、ミミは丸い背中を蹴ってやったわ。何回も。痛そうだったわ。ざまあみろってんのよ。
そんな思い出がたくさんある。不思議なの。アンテナ売りさんと出会ってから、一年も経たないはずなのに、何年も一緒にいたみたいなの。そういう感覚がするだけじゃなくって、思い出を思い出したら、ほんとにそうである気がするの。ううん、そうじゃないとおかしいってくらい。
でもみんな、そんなはずはないって言って、カレンダーを数えさせるんだからイヤになっちゃう。ママなんかには絶対に言えない。「かわいそうなミミ!」なんて言ってミミを抱きしめるに違いないわ。あーあ、考えただけで反吐が出るわ。
今日であれから百と四日が経つ。黒いワンピースはとうの昔にクリーニングされてまたクローゼットに仕舞われたのに、アンテナ売りさんのことがそれより昔とは思えなかった。分からないの。何がって訊かれたら困るけど、とにかく分からないの。
ママもパパもおじいちゃんも近所の人も誰もかれも、いつもとなんにも変わらない。変わらないまま、百と四日を過ごしてきた。ミミはそれをずっと見てきた。絶望しながらずっと見ていたわ。
耐えられないのよ。今日の晩ご飯はハンバーグで、明日の朝ご飯はトーストで、何一つ日常は変わっちゃいない。ただ、ぽっかりとアンテナ売りさんだけがいなくなってて、なのに誰もそのことで気が狂ったり、後を追ったり、涙が止まらなくなっていたりしないのよ。どうしてなのよ。こんなのおかしいわ。どいつもこいつも頭がおかしいのよ。だって人が一人死んだのよ。どうして何も変わらないのよ!
まるで、いや、間違いなく悪夢だった。ぬるま湯みたいな日々は延々と、百日間も続いてしまった。確かにママのように、ミミが悲しんでいないかとか、おかしくなってしまっていないかとか、見え見えの気遣いをするヤツはいた。でもそれだけよ。ママにとってはミミが大事なだけ。ミミの飼ってる金魚が死んだってきっと同じことをするわ。
誰もアンテナ売りさんをかわいそうって思ってあげちゃいないのよ。彼に誰も優しくしないから、死んでしまったのよ。
ミミの世界にはアンテナ売りさんがいなかったことなんてなかったのに。だって、ミミが生きていた十四年以上あの人はこの世界にいたのよ。ミミはこの世界に置き去りにされたの。ひどい人よほんとうに最低な人よ。ミミは今生きたことのない世界を生きているのよ! ミミだけじゃないわ、みんなそうのはずなのに、どうしてそんなに淡々としていられるの……。
ううん、違うわ、これは少し違う。きっとこれだけはミミだけのこと。ほんとうは、ミミだけが生きているっていうのは、決定的に「おかしい」ことなんだって思うこと。たとえば太陽が沈んだら夜になるように、「あ」の次に「い」が来るように、それは当たり前のように一緒に来るはずだったのよ。でも、今ミミはここでひとりなの。
どうしても分からなくなるの。ほんとうに今生きているのか。実はあの日か、あの日よりも前に、車に轢かれでもして死んでいるんじゃないかって。ミミがこの世に今生きていることを証明できる人はいるの?
ねえ神様教えてよ。ミミが生きているここはどこ? これを生きていると言うのかしら?
頭の中にずっと渦巻き模様があるの。目を開いていても閉じていてもそれはグルグルと回り続けていて、ミミにそんなことをたくさん喋らすのよ。でもミミは気が狂ったりなんかしない。急に叫んだりもしないし、部屋の物も壊したりしいない。涙が止まらなくもならないし、手首だってつるつるで綺麗なままよ。だってミミはアンテナ売りさんが嫌いなんだもの。嫌いな人のためにおかしくなんてなってあげないわ。薄情なのよ。誰もかれも、ミミも、おんなじよ。薄情なんだわ。
もううんざりだわ。
どこまでも勝手にぺらぺら喋って、そんな自分が一番イヤ。いつだってそうだわ。ミミはミミが一番キライ。アンテナ売りさんよりもキライよ。
そう。そうよ。
そうなのよ。
ほんとうにおかしいのは、まだ息をしてる、この私なんだわ。
あのね、ほんとうは、あの言葉の続きをミミは知ってたのよ。
「恋は人を殺すから」と言ったのでしょう。
そうよ、恋をしたら死んでしまうのよ。誰が? なぜ? わからないけれど、でも知っているの。だって、いつも、そうだったから。
さあ、もう眠りましょう。こんな世界はたくさんよ。
明日起きたらきっとまた、あそこで彼に会えるのよ。
2015年/59229名義で葬式アンソロジー「葬別会」へ参加させて頂いた作品でした。
TEXT TOP