かようび

 こんな夢を見た。
 白い部屋にぽつんと立っている。あまりにも辺り一面が白いものだから、ここは部屋ではなくて空間なのではと思われるほどだったが、自分が裸足である感覚に気づくと、ここは部屋に違いないということが不思議とすとんと理解できた。
 自分の足を見ると随分小さく、か細かった。僕は子供の姿であるようだ。人間で言えば九つほどだろうか。さてはこれは、この間の赤ん坊の夢の続きかな。ぼんやりとこれが夢であると勘付いたにも関わらず、今度は夢は終わらなかった。
 部屋の中は殺風景だった。ソファがひとつ置いてあるのみだ。木製の骨組みと、少し褪せた緑色の座面と背もたれのそれは、無機質な空間に似合わずナチュラルな香りを放っていた。ここになければ特に目立つこともない、よくあるソファだと思っただろう。ソファの背丈がやけに高く感じられるのは、僕の身の丈が縮んでいるせいに違いない。
 天井との距離を測ってみようかと仰ぎ見てみると、白、しろ、白、どこまでいってもただ白い。天井が見当たらなければ、そこから吊るされているはずの電灯もない。
 色というのは光がないと分からないものだ。このソファの姿が見えるということは、どこかに光源があるはず。夢に理屈を求めるのもおかしなものだが、夢というのはもっとおかしなもので、天を仰いでいた首を戻すと、僕の真正面、ソファの真後ろに窓が生まれていた。
 なるほどここから光が差していて、それでこの部屋はこんなにも白いのだ。どんなに眩しい光なのだろう。窓を見つめていても僕の目は眩まないので、俄然気になってしまい、ソファに膝乗りになって窓枠に手をかけた。
 ガタガタと揺らしても開く気配はない。じっくり観察してみると、木枠の真ん中に不思議な突起物があった。これが鍵なのだろうか。随分古そうだと思ってから、僕はそれの歴史なんて知らないはずなのになと違和感に気づくが、夢の中の肉体はそんなことでは手を止めない。
 突起部分を引っ張っても突起物はびくともしない。試しに回してみると、かたりと動いた。クルリ、クルリと手首を捻るごとにどんどんと棒状の鍵が抜けてくる。やがて手応えがなくなり、今度こそ引っ張ってみると簡単に抜け、鍵はパタリと倒れた。
 木枠をまた揺らしてみると内側の戸がわずかに左へ動く。古びている印象とは裏腹に、きしむこともなくスッとスライドしていった。なんてことない過程だが、得体の知れない達成感が胸にこみあげる。
 苦労して開けた窓の外には、果たしてりんねがいた。
「なるほど、君が光の正体だったんだ」
 納得のいく理屈に出会えて、思わず感嘆が口をついて出た。りんねの目線は僕よりやや高い。小さくなっているのは僕だけなのか。幼い僕を見てか、りんねはわずかに目を細めていた。釣られて僕も口元をゆるませる。
 彼女は何も言わず、代わりにそっと手を伸ばしてきた。窓を越え、僕の肩も越えて、僕の背後に。そこにある翼を撫でるみたいに。堪らず首だけを捻って後ろに目をやるが、当然あの青い翼は見当たらない。息が詰まる。腹の方から何かせりあがってくるみたいだ。これはなんだろう。不快さで思わず口元がゆがむのを感じる。
 すると、りんねの細い腕がふわりと飛んで、次は僕の頭に着地した。まるで慰めるように、ぽんぽんと軽やかに掌が跳ねる。
 視線を戻した時には、彼女の背中に僕にはないものがあった。それを羽ばたかせて、腕だけではなく身体ごと飛ばして、りんねは部屋の内に身を乗り出してきた。突然のことにぎょっとする僕のこめかみを、髪を掻き分けながら薄い手のひらがそっと包む。微笑みが近づいてくる!
 わけもわからず目を瞑ってしまったことを後悔した時には、夢は終わってしまっていた。
 祝福のぬくもりと柔らかさだけが、僅かに額に残されていた。

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