すいようび

 縁側と呼ばれる板張りの廊下に腰掛けて、流星群を見つめている。幾筋も白く光っては消えていくそれらが常とは異なることに気づいたのは、だんだんと空の瞬きが減っていっていたからだった。
 星がすべて燃え落ちてしまい、本当に真っ暗になった夜空をあいも変わらず眺めていると、ふと背中に視線を感じた。開かれた障子の向こうに白い布団が幽霊のようにぼうっと浮かんでいる。
 横たわっているのはりんねだ。そうだ、もうじき死ぬのだと言っていた。
 死ぬとはいったいなんだろうか。よくわからなかったから、もう一度尋ねてみたい気になり、枕元まで這って行って座り直した。りんねの目は伏せられているものの、眠っているような気配ではない。覗き込んで僕の影が落ちてもなお分かるほど頬は色づいており、死の気配ももちろんなかった。
「ねえ、だからさ、僕たちが死ぬなんてことあるわけないじゃないか。生き物じゃないんだから」
 それは喜ばしいことのはずだ。彼らが求めてやまない永遠が備わっているってことなんだから。しかしりんねはその血色の良い唇を小さく開いて、静かに言葉を落とす。
「死ぬわ」
 そうしてばちりと目を開いた。常なら瑠璃色のまつげは今では烏の濡れ羽色とも言えるほどに黒く、それに縁取られた瞳もまた、星をすべて失ってしまった今の夜空と同じ闇の色をしていた。その中にぽつんと、あどけない顔立ちをした僕がいた。
 あの流星のように、美しく燃え尽きながら息絶えたいということだろうか。やっぱりどうしても僕にはまったく理解できなかった。だって僕たちは、りんねは命なんて燃やさなくたって十分に美しいのだし。
 けれどこの真っ暗な瞳を見ていると、どうにもその考えにも自信がなくなってくるので、僕は気づかれないようにりんねから視線を反らした。夜明けはまだ遠そうだ。
「死んだら、私を土に埋めてほしいの」
「どうして?」
 そっぽを向いたまま答えた。りんねはもう目を閉じただろうか。
「そうしたら、また逢えるよ。約束する」
 瞳はもう閉ざされていた。彼女の赤い唇だけが動き続けている。
「私にまた逢いたい?」
 今度は僕がそっと口を開いて、うん、とだけ答えた。なんだかまた喉が詰まったみたいでうまく空気が吐けなかった。
「千年、私の墓のそばで待っていてね。きっと逢いに来るから」
 息を吐ききってそう告げるとそれきり彼女は何も言わなくなった。見た目には何も変わりはなかったけれど、すべての機能が停止していることは明らかだった。ああ、こうやって死ぬんだなと僕は思いながら、それでも諦めて起き出しやしないだろうかと彼女を見つめていた。結局、諦めるのは僕の方だった。
 夢の中でくらい、僕の答えを待ってくれるりんねでいてもいいのにな。そんなことを考えながら縁側から庭へ下りる。
 それしか方法がないので、手を使って土に穴を掘った。爪の中はもちろん、手首辺りまで土で汚れきってようやくできた穴の元に、彼女の残骸を背に負って連れて行った。夢の世界の自分は未だ子供の姿をしていたので、彼女の足は引き摺られる形となった。これも仕方がない。
 彼女の姿がすっかり土に隠れ墓らしきものができる頃には、死がどうとか夢がどうとかどうでも良いくらいに疲弊していたが、同時に新しい気持ちも芽生えていた。あとは待っていればいいのだ。
 少し膨らんだ土のそばに横たわる。眼前に広がるのは暗闇なので、目は閉じていても開いていても同じことだった。そうして千年が始まった。
 変化のない景色の中でただひたすら待ち続ける。その感覚には痛烈に覚えがあって、まるで夢と現実が混ざりあったようだった。日が昇るわけでもなければ、月が沈むわけでもないこの世界で、どうやって時間を数えればいいのだろうか。りんねは本当に自分勝手だ。
 
 はて、僕に吐く空気などあっただろうか。
 時をやり過ごすべく何度となく今までの夢での記憶を反芻する中で、その疑問に辿り着いた。そもそも吸う空気もなければ、詰まるべき息も、疲弊という感覚だって知らないはずなのに、いつの間にかこの世界の自分は、当たり前のようにそれらを受け止めている?
 そのとき、目の前に広がる空がうっすらと白み始めていることに気がついた。逢いに来ると言った彼女の言葉がリフレインする。彼女の声は色褪せていなかったけれど、その唇の色は思い出せなくなっていた。
 どこかから日が昇り始めている。深い瑠璃色が重い腰を上げて、とてもとてもゆっくりと、太陽から逃げるように去っていく。互いに時間を惜しむかのように。
 ゆるやかなグラデーションの変化以外にも、視界の端で動くものがあった。
 ああ、思い出せた。これがあの唇の赤だ。
 まばたきの隙間で彼女の墓から咲いた鮮やかな赤い薔薇が、重たげに頭を垂れ、真下に横たわる僕の口元に触れる。思わず吐息を漏らしながら、花弁の向こう、もうほとんど明るくなってしまった空にひとつ、星が輝いているのを見た。千年経っていたのだなと思った。
 薔薇の茎にそっと手を添える。はじめから棘は生えてはいなかった。

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