あれからのこと。
ずっと夢の中にいるみたいで、まだ夢かもしれないと思っています。
あんまりにも私に都合の良い現実すぎて。
寝た子を起こして、夢の中にいるとはこれいかに。起きた子はとてもとても素晴らしくて、何も変わってなくて、私は泣いてばかり過ごしていました。
もう少し真面目な言葉で語るならば、総集編なのにこんなに面白いことってあるのか、という驚きが未だにあります。私はどうしてもベストテンの音ズレを許せないままでいるので、改めてきちんと総集編を作ってくれたのは本当に嬉しかったです。これはキンツアに対しても、同じことを思っています。
それからジョージのCGショー。死なない理由が一つ消えました。本当に何度ありがとうを言っても足りない。
作品とはまた別の、応援上映と、エリートの話を少し。
ありがたいことに私の最寄りの劇場はロングランに恵まれ、たくさんの素敵なことが起きました。お誕生日をたくさんお祝いできました。愛をたくさん返してもらえました。忘れられない日々です。
公開初日と二日目をバルトで過ごし、地元に戻った時、この作品のためにできることはなんでもやろう、と思いました。
もう一度は死んだ身なのだからなんだって怖くない。やりたいこと、やったら良さそうなこと、全部やってみようと。
で、映画館で交流を始めました。
これまでは作品のことだけで頭の中を埋めていたかったり、シンプルに自分の力量的にオタクと交流を両立できる気がしなかったり、といった理由から、限られた数人の方としか交流してきませんでした。
もう少し言うと、身内感が応援上映という場を殺しかねないという懸念と、私の応援が地雷な方だったら申し訳ない(私は私を曲げられないので)という余計な心配もありました。これは今でも忘れずに意識してます。
初週のレイト回、3、4人ほどしかいないシアターの中、若いエリートさんがこちらを見て「友達になりたいな」と言ってくださったのが聞こえました。
私が輪に入ることが誰かや何かのためになるのか、とそこで初めて気づきました。
で、友達になりました。そこからは転がるみたいにあっという間でした。
時が過ぎるにつれ、ああ、私は恩返しがしたかったんだと分かりました。
発声禁止になって、コンテンツが止まったあの頃、Prizoomでエリートの元気な姿に、力をもらっていたこと。
上映を続けてくれる劇場で聞いたクラップやタンバリンに、思わず唸ったこと。
あれらがなければ、こんなに元気に新作を迎えられてなかったかもしれない。
あの時元気をくれたエリートたちに恩返しがしたかったんです。
そしてきっと、最寄りの劇場が盛り上がれば、巡り巡って恩返しになるはずだと。
応援上映は絶対に誰しもに好まれるものではありません。
応援上映が好きでなければこの作品が好きであると言えないとも思いません。
それでもこの作品には、応援上映があった今までがあって、これからがあります。
私は多分、応援上映がなくなっても、作品が続くならこのコンテンツを楽しめるのでしょう。逆に、作品が続かなくなっても、今まで通り既存作の応援上映を定期的にさせてもらえるなら、やっぱり楽しめるのでしょう。
だから私は、どちらも大切にできる今を、精一杯大事に過ごしたいと思います。
延長戦という夢であることは確か。必ずいつか終わります。今度こそ上手に一緒に死にたい。
明日からの全ての旅路に、幸多からんことを祈ります。
畳む
ずっと夢の中にいるみたいで、まだ夢かもしれないと思っています。
あんまりにも私に都合の良い現実すぎて。
寝た子を起こして、夢の中にいるとはこれいかに。起きた子はとてもとても素晴らしくて、何も変わってなくて、私は泣いてばかり過ごしていました。
もう少し真面目な言葉で語るならば、総集編なのにこんなに面白いことってあるのか、という驚きが未だにあります。私はどうしてもベストテンの音ズレを許せないままでいるので、改めてきちんと総集編を作ってくれたのは本当に嬉しかったです。これはキンツアに対しても、同じことを思っています。
それからジョージのCGショー。死なない理由が一つ消えました。本当に何度ありがとうを言っても足りない。
作品とはまた別の、応援上映と、エリートの話を少し。
ありがたいことに私の最寄りの劇場はロングランに恵まれ、たくさんの素敵なことが起きました。お誕生日をたくさんお祝いできました。愛をたくさん返してもらえました。忘れられない日々です。
公開初日と二日目をバルトで過ごし、地元に戻った時、この作品のためにできることはなんでもやろう、と思いました。
もう一度は死んだ身なのだからなんだって怖くない。やりたいこと、やったら良さそうなこと、全部やってみようと。
で、映画館で交流を始めました。
これまでは作品のことだけで頭の中を埋めていたかったり、シンプルに自分の力量的にオタクと交流を両立できる気がしなかったり、といった理由から、限られた数人の方としか交流してきませんでした。
もう少し言うと、身内感が応援上映という場を殺しかねないという懸念と、私の応援が地雷な方だったら申し訳ない(私は私を曲げられないので)という余計な心配もありました。これは今でも忘れずに意識してます。
初週のレイト回、3、4人ほどしかいないシアターの中、若いエリートさんがこちらを見て「友達になりたいな」と言ってくださったのが聞こえました。
私が輪に入ることが誰かや何かのためになるのか、とそこで初めて気づきました。
で、友達になりました。そこからは転がるみたいにあっという間でした。
時が過ぎるにつれ、ああ、私は恩返しがしたかったんだと分かりました。
発声禁止になって、コンテンツが止まったあの頃、Prizoomでエリートの元気な姿に、力をもらっていたこと。
上映を続けてくれる劇場で聞いたクラップやタンバリンに、思わず唸ったこと。
あれらがなければ、こんなに元気に新作を迎えられてなかったかもしれない。
あの時元気をくれたエリートたちに恩返しがしたかったんです。
そしてきっと、最寄りの劇場が盛り上がれば、巡り巡って恩返しになるはずだと。
応援上映は絶対に誰しもに好まれるものではありません。
応援上映が好きでなければこの作品が好きであると言えないとも思いません。
それでもこの作品には、応援上映があった今までがあって、これからがあります。
私は多分、応援上映がなくなっても、作品が続くならこのコンテンツを楽しめるのでしょう。逆に、作品が続かなくなっても、今まで通り既存作の応援上映を定期的にさせてもらえるなら、やっぱり楽しめるのでしょう。
だから私は、どちらも大切にできる今を、精一杯大事に過ごしたいと思います。
延長戦という夢であることは確か。必ずいつか終わります。今度こそ上手に一緒に死にたい。
明日からの全ての旅路に、幸多からんことを祈ります。
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