発生した感情が巨大すぎると、咀嚼するのに時間を要するたちです。
この時誰かの声を聞いてしまうと、自分が食べていたものが何だったのか、すぐ見失ってしまう悲しい性質も持ち合わせています。それによって気づけることもあるのですが。
結局のところまだ飲み込みきれていないと言っても過言ではありませんが、もしいま死んだらこの喜びをどこにも残せないかもしれない、それはさすがに悔いが残る、というわけで、そろそろ記しておきたいと思いました。
それから、忘れっぽい未来の自分に伝えるために。
7周年記念の発声復活応援上映で得られた、安心と喜びについてのことです。
あまりにも7年前と同じ熱量だった。
始まる前、とても緊張していて夕ご飯を最後まで食べ切れませんでした。
涙もろいタイプなんですが、エイベックスピクチャーズ、と言い切る前に泣くだろうと予想していました。
何をいつも言っていたか、頭が真っ白になっていました。
映画泥棒から始まった上映。みんなの歓迎するような歓声。
それに笑って少し緊張がほぐれたところで、ああそうだ、応援上映には先付があったんだ。思い出した瞬間、シンくんの声が聴こえたとき、泣いてしまいました。予想よりずっと早かった。
隣の方が嗚咽を殺しきれていないのが漏れ聞こえて、余計に泣けました。
そこからはあっという間でした。あっという間だったけど、もしかしたら初見よりも体感時間の長いバイプリだったかもしれない。
初めて見た時の景色、何度も通っていた時の景色、最後にこの劇場に来た時の景色、声が出せなくなった時の景色、オンラインで応援していた時の景色。全部が重なってその向こうに見えたこの日の世界は、ただただ輝いていました。
夕ご飯を食べ切れなかった胃は4時間超えの上映ですっかり空になってしまい、2章最後のミナト回では半ば本気で「お腹すいた~」を言っていました。そんなことさえ嬉しかった。
ここまでがDAY1。
翌週、DAY2より先にDAY3を迎えました。
この日は2回目の舞台挨拶に参加。上映前にプリララ資料集発売の報。本当に嬉しい。ありがとう。
舞台挨拶本編では、本当に久しぶりに西さんのお顔を拝見できて、しかもオンライン応援など全部ずっと見てくださっていたことを知ることができて、安心しました。二人のPさんあってのキンプリというコンテンツだと思っているので。
そしてだからこそ、依田さんが雑誌のインタビューで語られていた、「無理に話を続けることはしたくない」という言葉を尊重したいと思っていますし、私は今でも続編はあろうがなかろうがどちらでも良いと思っています。
前週の2章、ミナトさんの「港になりたい」を聞いて、今まさに応援上映という場こそが港になっているのでは、と感じていました。
いつでも「初めてプリズムショーを見たとき」に帰らせてくれる場所。それが今まで失われていたからあんなにも悔しかったのだと。
今回、7周年の節目と資料集の発売があったとはいえ、他に何も発表もなく、ただ3年前までのいつも通りに応援上映をするだけだった。そのために公式が動いたという事実に、一番の大きな安心を与えられました。
ああ、責任を取ろうという気概を感じる……とさえ思いました。2020年の幕張よりよっぽど。
私もこの港の一部であり続けたいと、そう願いながらヒロ様の名前を呼びました。
ここまでがDAY3。
大阪まで足を戻して、最後にDAY2を迎えました。
ここにきてようやく新規先付の感想ですが、オバレもセプトリもシュワロもみんな元気に過ごしているようで嬉しかったです。
あと未だ2016年を生きているはずのシンくんが2023年にいるかのように喋っても許されるメタ空間であるこの感じが懐かしくて良かった。
この日の個人的目玉はベストテン特別版でしたが、これ…めっちゃ楽しかった! 本当にノンストップ。一週間が早くて笑う。
休憩時間に隣の人に話しかけられて雑談に華を咲かし、お疲れ様でしたと言って別れる体験も久しぶりにできました。幸せだ。
ススス以降は他地方の応援を見る機会があまりなかったので、新鮮な応援が多かったのも楽しかった。というかプラ時代にあちこち行っただけで基本的にオーソドックスな応援しか知らない。多分。
4章のナナチカは泣きすぎちゃって歌えなかったので、早くリベンジしたいです。
2019年に4章を見た時からずっと、本当にこれでいいのだろうかと迷う気持ちがありました。
応援上映ありきという前提を作品に付加することについて。
4章の内容はもう、言い逃れができないと思っています。そんな作品を主軸にしたコンテンツが、応援上映ができなくなり、オンラインや鳴り物で工夫をしながら生き延びることに不安を感じてもいて、それが先述の「空白による分断への恐怖」の中身でもありました。
要は「ずっと追っている人間しか面白くないものになっていないか」という不安。
それが今回覆ったからこその安心でした。3日間のシアターはあまりにも2016年であり、2023年であった。初めて出会った時の面白さがきちんとそこにあると思えた。
この景色を得られたのが応援上映のおかげと言うのなら、それはもう、言い逃れなんてしなくていいに決まってるのかなと。
コンテンツの真ん中にはやっぱりいつでも作品がいてほしい。劇場作品であるなら、劇場で見てもらえるのが一番。
そして劇場で見る機会が、応援上映でやいやい言うファンのおかげで作られ続けているというのなら、喜んでその声の一つになりたい。
あとはまあ、7周年先付シンくんが言ってくれた「ずっと好きでいてくれてありがとう」が泣けて泣けて仕方ないという事実が、答えですね。
こちらこそ、ずっと「好き」を言わせてくれてありがとう。
7周年おめでとう。これからもよろしくお願いします。
畳む
この時誰かの声を聞いてしまうと、自分が食べていたものが何だったのか、すぐ見失ってしまう悲しい性質も持ち合わせています。それによって気づけることもあるのですが。
結局のところまだ飲み込みきれていないと言っても過言ではありませんが、もしいま死んだらこの喜びをどこにも残せないかもしれない、それはさすがに悔いが残る、というわけで、そろそろ記しておきたいと思いました。
それから、忘れっぽい未来の自分に伝えるために。
7周年記念の発声復活応援上映で得られた、安心と喜びについてのことです。
あまりにも7年前と同じ熱量だった。
始まる前、とても緊張していて夕ご飯を最後まで食べ切れませんでした。
涙もろいタイプなんですが、エイベックスピクチャーズ、と言い切る前に泣くだろうと予想していました。
何をいつも言っていたか、頭が真っ白になっていました。
映画泥棒から始まった上映。みんなの歓迎するような歓声。
それに笑って少し緊張がほぐれたところで、ああそうだ、応援上映には先付があったんだ。思い出した瞬間、シンくんの声が聴こえたとき、泣いてしまいました。予想よりずっと早かった。
隣の方が嗚咽を殺しきれていないのが漏れ聞こえて、余計に泣けました。
そこからはあっという間でした。あっという間だったけど、もしかしたら初見よりも体感時間の長いバイプリだったかもしれない。
初めて見た時の景色、何度も通っていた時の景色、最後にこの劇場に来た時の景色、声が出せなくなった時の景色、オンラインで応援していた時の景色。全部が重なってその向こうに見えたこの日の世界は、ただただ輝いていました。
夕ご飯を食べ切れなかった胃は4時間超えの上映ですっかり空になってしまい、2章最後のミナト回では半ば本気で「お腹すいた~」を言っていました。そんなことさえ嬉しかった。
ここまでがDAY1。
翌週、DAY2より先にDAY3を迎えました。
この日は2回目の舞台挨拶に参加。上映前にプリララ資料集発売の報。本当に嬉しい。ありがとう。
舞台挨拶本編では、本当に久しぶりに西さんのお顔を拝見できて、しかもオンライン応援など全部ずっと見てくださっていたことを知ることができて、安心しました。二人のPさんあってのキンプリというコンテンツだと思っているので。
そしてだからこそ、依田さんが雑誌のインタビューで語られていた、「無理に話を続けることはしたくない」という言葉を尊重したいと思っていますし、私は今でも続編はあろうがなかろうがどちらでも良いと思っています。
前週の2章、ミナトさんの「港になりたい」を聞いて、今まさに応援上映という場こそが港になっているのでは、と感じていました。
いつでも「初めてプリズムショーを見たとき」に帰らせてくれる場所。それが今まで失われていたからあんなにも悔しかったのだと。
今回、7周年の節目と資料集の発売があったとはいえ、他に何も発表もなく、ただ3年前までのいつも通りに応援上映をするだけだった。そのために公式が動いたという事実に、一番の大きな安心を与えられました。
ああ、責任を取ろうという気概を感じる……とさえ思いました。2020年の幕張よりよっぽど。
私もこの港の一部であり続けたいと、そう願いながらヒロ様の名前を呼びました。
ここまでがDAY3。
大阪まで足を戻して、最後にDAY2を迎えました。
ここにきてようやく新規先付の感想ですが、オバレもセプトリもシュワロもみんな元気に過ごしているようで嬉しかったです。
あと未だ2016年を生きているはずのシンくんが2023年にいるかのように喋っても許されるメタ空間であるこの感じが懐かしくて良かった。
この日の個人的目玉はベストテン特別版でしたが、これ…めっちゃ楽しかった! 本当にノンストップ。一週間が早くて笑う。
休憩時間に隣の人に話しかけられて雑談に華を咲かし、お疲れ様でしたと言って別れる体験も久しぶりにできました。幸せだ。
ススス以降は他地方の応援を見る機会があまりなかったので、新鮮な応援が多かったのも楽しかった。というかプラ時代にあちこち行っただけで基本的にオーソドックスな応援しか知らない。多分。
4章のナナチカは泣きすぎちゃって歌えなかったので、早くリベンジしたいです。
2019年に4章を見た時からずっと、本当にこれでいいのだろうかと迷う気持ちがありました。
応援上映ありきという前提を作品に付加することについて。
4章の内容はもう、言い逃れができないと思っています。そんな作品を主軸にしたコンテンツが、応援上映ができなくなり、オンラインや鳴り物で工夫をしながら生き延びることに不安を感じてもいて、それが先述の「空白による分断への恐怖」の中身でもありました。
要は「ずっと追っている人間しか面白くないものになっていないか」という不安。
それが今回覆ったからこその安心でした。3日間のシアターはあまりにも2016年であり、2023年であった。初めて出会った時の面白さがきちんとそこにあると思えた。
この景色を得られたのが応援上映のおかげと言うのなら、それはもう、言い逃れなんてしなくていいに決まってるのかなと。
コンテンツの真ん中にはやっぱりいつでも作品がいてほしい。劇場作品であるなら、劇場で見てもらえるのが一番。
そして劇場で見る機会が、応援上映でやいやい言うファンのおかげで作られ続けているというのなら、喜んでその声の一つになりたい。
あとはまあ、7周年先付シンくんが言ってくれた「ずっと好きでいてくれてありがとう」が泣けて泣けて仕方ないという事実が、答えですね。
こちらこそ、ずっと「好き」を言わせてくれてありがとう。
7周年おめでとう。これからもよろしくお願いします。
畳む
言葉にするという行為、その方法として文字を選択するということ、について改めて考えている今日この頃です。
伝えるため、あるいは表現するため、だとばかり思っていましたが、発散するため、というのもきっとあるんだとようやく気がつけたみたいで、それによる再考。
自分に自分で名前をつけてインターネットに住むようになった頃、私は毎日チャットルームで人と話して過ごしていました。だから文字にすることは息をするように自然なことでした。
読んで書いて、がコミュニケーションの当たり前の方法でした。
いつの間にか音声通話も気楽に選択できるようになった今の時代に、敢えて文字を選ぶのはなぜなのか。書いている時だけでなく、読む側になった時にも考えてからそれを読みたいなと思います。
それからもうひとつ、自分は食べたものしか出せない人間なんだなとやはり思うので、食欲…という名のインプット欲があるときにインスタントで済ますのはやはりやめよう、とも思いました。
ちなみに、創作は最初から絵と小説ばかりで、そしてそれは私にとって、伝えることよりも発散と表現が先に来ているものであり続けています。だから、ここにいます。
伝えるため、あるいは表現するため、だとばかり思っていましたが、発散するため、というのもきっとあるんだとようやく気がつけたみたいで、それによる再考。
自分に自分で名前をつけてインターネットに住むようになった頃、私は毎日チャットルームで人と話して過ごしていました。だから文字にすることは息をするように自然なことでした。
読んで書いて、がコミュニケーションの当たり前の方法でした。
いつの間にか音声通話も気楽に選択できるようになった今の時代に、敢えて文字を選ぶのはなぜなのか。書いている時だけでなく、読む側になった時にも考えてからそれを読みたいなと思います。
それからもうひとつ、自分は食べたものしか出せない人間なんだなとやはり思うので、食欲…という名のインプット欲があるときにインスタントで済ますのはやはりやめよう、とも思いました。
ちなみに、創作は最初から絵と小説ばかりで、そしてそれは私にとって、伝えることよりも発散と表現が先に来ているものであり続けています。だから、ここにいます。
眠れなくなってしまい、したためています。
ドリコラFesの感想をそろそろまとめよう、と思っていたところだったはずなのに。
あれから9時間。まだ9時間。もう9時間。
まだ7年。もう7年。
発声解禁は公式に先陣切ってほしいとずっと思っていました。だからとても嬉しい。
7周年の節目について声に出して、おめでとう、ありがとう、と言い合えることもまた嬉しい。
続編とか特報とかについては何も考えずにいるつもりです。8割くらいはないと思ってます。シンプルに直感で。
でも万が一心臓止まったらまずいので最低限のイメトレはするかもしれない。
素直に吐露すると、どうしてもあの日突然声を出せなくなったことに対する幼稚な憤りを消しきれずにいて、これ以上は無発声応援を楽しみきれないかもしれないと思うこともありました。
そういう不安が解消されるという意味でも嬉しいし、もちろんもっとシンプルに前向きな喜びもあるし、いろんな感情が渦巻いています。
その中に少しだけ、今の安寧を手放す惜しさも含まれています。
この安寧についてはそのうち書こうかなと思っていたのですが、今ここでいわゆる「復活」を遂げることで、この数年間のことが「空白」として明確に浮き彫りになってしまうと思うんです。
音楽が途切れて、曲がそのまま終わればそれはただの終わりですが、曲が終わらず再び音が鳴り始めたとき、そこに「無」があったと言える、ということはポップンに教わりました。
もしここからまた始まったとしたら、その時私たちは初めてこの3年間の空白に、空白が生んだ分断に、向き合わないといけないのだと思います。だから今はある意味で安寧があった。
時に揺れることもあったけど、安らいでいたと思います。
それでも今日、暗い道の片隅で聴いたShiny Seven Stars!が驚くほど鮮明だったことは、その惜しさを振り切るに足る事実でした。
新鮮なキャベツの千切りを食べたときみたいだったな。世界は輝いてるって何度でも教えておくれ。
ドリコラFesの感想をそろそろまとめよう、と思っていたところだったはずなのに。
KING OF PRISM:7周年記念上映イベント開催 発声応援上映が復活 劇場版7タイトル、一条シン録り下ろしボイス入り特別映像も
https://mantan-web.jp/article/20230206do...
あれから9時間。まだ9時間。もう9時間。
まだ7年。もう7年。
発声解禁は公式に先陣切ってほしいとずっと思っていました。だからとても嬉しい。
7周年の節目について声に出して、おめでとう、ありがとう、と言い合えることもまた嬉しい。
続編とか特報とかについては何も考えずにいるつもりです。8割くらいはないと思ってます。シンプルに直感で。
でも万が一心臓止まったらまずいので最低限のイメトレはするかもしれない。
素直に吐露すると、どうしてもあの日突然声を出せなくなったことに対する幼稚な憤りを消しきれずにいて、これ以上は無発声応援を楽しみきれないかもしれないと思うこともありました。
そういう不安が解消されるという意味でも嬉しいし、もちろんもっとシンプルに前向きな喜びもあるし、いろんな感情が渦巻いています。
その中に少しだけ、今の安寧を手放す惜しさも含まれています。
この安寧についてはそのうち書こうかなと思っていたのですが、今ここでいわゆる「復活」を遂げることで、この数年間のことが「空白」として明確に浮き彫りになってしまうと思うんです。
音楽が途切れて、曲がそのまま終わればそれはただの終わりですが、曲が終わらず再び音が鳴り始めたとき、そこに「無」があったと言える、ということはポップンに教わりました。
もしここからまた始まったとしたら、その時私たちは初めてこの3年間の空白に、空白が生んだ分断に、向き合わないといけないのだと思います。だから今はある意味で安寧があった。
時に揺れることもあったけど、安らいでいたと思います。
それでも今日、暗い道の片隅で聴いたShiny Seven Stars!が驚くほど鮮明だったことは、その惜しさを振り切るに足る事実でした。
新鮮なキャベツの千切りを食べたときみたいだったな。世界は輝いてるって何度でも教えておくれ。
BLEACH 千年血戦編、1クール目をアマプラで一気見。
原作は子供の頃SS編の途中くらいから内容が追いきれず飛び飛びに本誌で読んでいたくらいだったのを、この年末年始の無料公開でアニメの辺りまで一気に読みました。当たり前なんですがまとめて読むと勢力関係などがスルスルと理解できて面白かった。
せっかくなので話題になってるし新アニメも見てみようという流れで鑑賞。子供の頃数多の作品がアニオリ展開に壊されて(とあの頃の私は受け止めてしまった)いくのを見てアニメ化に複雑な感情を抱くようになった身としては、今回のアニメ化こそが理想の形だなあと深く思いました。もうずっとこれがいい。
山じいのところと卯ノ花さんのところは作画も演出もすんごくって劇場版見てるみたいだった。
各回のサブタイトルの出し方など細かいところの演出がオシャレで、このオシャレさって原作の大事なところだと思うので、その空気感までしっかりアニメ化されているところに感動しました。もうずっとこれがいい(2回目)。
とはいえ初回の特殊EDや回想シーンで過去の映像使われるとそれはそれでエモだったので過去を否定はしません。当時はそうするしかなかったというのもあるし。
ただ一個だけどうしても気になったのが、一護の携帯がスマホになってたところ。それは時系列狂わないか…?といらん気を回してしまった。
原作は子供の頃SS編の途中くらいから内容が追いきれず飛び飛びに本誌で読んでいたくらいだったのを、この年末年始の無料公開でアニメの辺りまで一気に読みました。当たり前なんですがまとめて読むと勢力関係などがスルスルと理解できて面白かった。
せっかくなので話題になってるし新アニメも見てみようという流れで鑑賞。子供の頃数多の作品がアニオリ展開に壊されて(とあの頃の私は受け止めてしまった)いくのを見てアニメ化に複雑な感情を抱くようになった身としては、今回のアニメ化こそが理想の形だなあと深く思いました。もうずっとこれがいい。
山じいのところと卯ノ花さんのところは作画も演出もすんごくって劇場版見てるみたいだった。
各回のサブタイトルの出し方など細かいところの演出がオシャレで、このオシャレさって原作の大事なところだと思うので、その空気感までしっかりアニメ化されているところに感動しました。もうずっとこれがいい(2回目)。
とはいえ初回の特殊EDや回想シーンで過去の映像使われるとそれはそれでエモだったので過去を否定はしません。当時はそうするしかなかったというのもあるし。
ただ一個だけどうしても気になったのが、一護の携帯がスマホになってたところ。それは時系列狂わないか…?といらん気を回してしまった。
年越してしまいましたが年末の露伴感想。NHKリアタイ。
3という数字を軸に2つのエピソードがまとめられていて面白かった。4部本編の内容のジャンケン小僧回がきちんとドラマ版の世界観に馴染んでた。
セリフや効果音に合わせて音が鳴る劇伴、面白かったけど気づいてからはついそっちに気が取られてしまいもした。
しかし何故今年は3話じゃなくて2話なんだろう?と思っていたらラストでルーブルの名前が出てからの、この続報。
まさかの劇場版。非常に楽しみです。
しかし原作を読んでいないという…当時確かジョジョの展開追えてなかったんだよな。今も半分くらい離脱してますが。
公開までになんとかして読みたいところ。
3という数字を軸に2つのエピソードがまとめられていて面白かった。4部本編の内容のジャンケン小僧回がきちんとドラマ版の世界観に馴染んでた。
セリフや効果音に合わせて音が鳴る劇伴、面白かったけど気づいてからはついそっちに気が取られてしまいもした。
しかし何故今年は3話じゃなくて2話なんだろう?と思っていたらラストでルーブルの名前が出てからの、この続報。
(ツイート埋め込み処理中...)Twitterで見る
まさかの劇場版。非常に楽しみです。
しかし原作を読んでいないという…当時確かジョジョの展開追えてなかったんだよな。今も半分くらい離脱してますが。
公開までになんとかして読みたいところ。
(ツイート埋め込み処理中...)Twitterで見る
プリティー&アイカツコラボのドリフェス、バーチャルライブ映像が劇場で上映とのこと。
見ようかどうか悩んで辞めてしまったのでこれは嬉しい。スクリーンで観られるならそれが一番だし。
なるちゃんのセリフに仕込みがあるみたいなことをスタッフさんが触れてらしたけど、その辺はカットされちゃうのかな。残ってますように。
ゲーム記事をまとめて別ブログに移しました。
ゲーム原作のアニメの話題とか、ゲーム音楽の話とかどっちでするんやとちょっと悩む部分もありますが。多分前者はこっちで後者はあっちになるかなあ。
基本的にあっちはプレイ日記、こっちは見たもの聴いたものの感想やそこから派生して考えたことを書くところ、と使い分けていこうと思っています。
ゲーム以外のインプットもちゃんとしないとな。
ゲーム原作のアニメの話題とか、ゲーム音楽の話とかどっちでするんやとちょっと悩む部分もありますが。多分前者はこっちで後者はあっちになるかなあ。
基本的にあっちはプレイ日記、こっちは見たもの聴いたものの感想やそこから派生して考えたことを書くところ、と使い分けていこうと思っています。
ゲーム以外のインプットもちゃんとしないとな。